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最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)971号 判決 1966年3月15日

上告人

右代表者法務大臣

石井光次郎

右指定代理人

青木義人

ほか二名

被上告人

都燃信用組合

右代表理事

広瀬与兵衛

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木義人、同小林定人、同長田嘉雄の上告理由第一点について。

東日本印刷株式会社と被上告組合との間に行われた所論手形取引は、名は手形割引であるがその性質は消費貸借と認められる旨の原判決の判断は、その認定している事情に照らして是認しえなくはない。また、原判決が、右手形取引は、同時に売買であり、売買と消費貸借が併存しうるとの見解を示していることは、論旨指摘のとおりであるが、原判決の右見解は、結論に影響のない傍論にすぎないものと解されるから、論旨前段は採用することができない。

また、原判決の要物性充足についての判断の根拠は必らずしも明らかではないが、その認定事実によれば、被上告組合は手形割引金額から割引料(満期までの一定率による金額)を差し引き残額(割引金)を前記訴外会社に交付しているのであるから、右は、一般の消費貸借において、名目元本に対する一定期間の利息を天引して残金を交付した場合と同断であつて、要物性は名目元本(この場合は手形金額)全額について存するものと認めるのが相当である。したがつて、手形金額について要物性を充たす旨の原判決の判断は、結論において正当であるから、論旨後段もまた採用するに値しない。

同第二点について。

甲が乙の丙に対する債権を差し押えた場合において、丙が差押前に取得した乙に対する債権の弁済期が差押時より後であつても、被差押債権の弁済期より先に到来する関係にあるときは、丙は右両債権の差押後の相殺をもつて甲に対抗することができるものと解すべきである(昭和三九年一二月二三日最高裁判所大法廷判決・民集一八巻一〇号二二一七頁参照)。それ故論旨は排斥を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 五鬼上堅磐 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

上告代理人青木義人、同小林定人、同長田嘉雄の上告理由

第一点 原判決には、手形割引契約の解釈並びに民法第五八七条の解釈、適用を誤まつた違法がある。

原判決は、被上告人と訴外東日本印刷株式会社間の手形取引約定に基づく手形割引(以下本件手形割引という。)が手形の売買であると認定されながら、本件取引の「実情に着眼して考えるときは、原告(被上告人)が訴外会社の依頼に応じて手形を割引くのは訴外会社に対し割引手形の実質上の価値とは無関係に一定額の金融の便益を与えるためであつて、かような一定の金額に見積られた経済上の利益を付与することは、金銭消費貸借の成立要件としての要物性の要求を満たすに足るものである。従つて手形割引当事者間において手形割引の都度手形金額に相当する借入金債務を負担するものと定めた本件手形取引約定書第一条第三項は本件のような事案においては合理的存在理由を具備するものであり、手形割引が売買の性質を有するとしてもなお右の定めは有効と解すべきである。」として本件手形割引には金銭消費貸借が併存するものであると判示されている。

上告人は、手形割引の法的性格は売買であつて、さらに消費貸借の併存を認め得ないものと考える。売買と消費貸借とは、全く別個の法律関係であり、両者の併存を認めることは、一個の行為につき二つの相容れない意味を附与しようとするもので、互いに矛盾撞着するものを共存せしめようとするものに外ならない。法律行為は、たとえ近似したものであつても、その主要な要素を捉らえて区別し得る限りは別異なものと見るべく、本来相容れないものを単純に混合するが如き解釈はなさるべきではなく、このことはたとえ約定書に形式的な併存的規定が置かれたとしても、何ら異なるべきものではない。

しかも、本件消費貸借の特約は、その成立要件である要物性の要件を充足していないから成立することはできない。金銭消費貸借が成立するためには、必ずしも直接貨幤の授受がなされることを必要とはせず、経済取引上貨幣の授受と同等の価値の認められるものの授受あるいは右と同等の経済価値の移転がおこなわれれば足りることは、判例学説の認めるところであり、上告人もこれに異をとなえるものではない。しかしながら、右貨幣またはそれと等価値物の授受あるいは経済価値の移転は、消費貸借契約に基因してなされたものであることを要するのはいうをまたないところであつて、別個の原因に基づいてなされた貨幣またはそれと等価値物の授受をもつて消費貸借の要物性の要件を充足するということはできない。

本件手形割引が手形の売買である以上、手形が額面どおりの価値を有しない場合においても割引依頼人の受領した金銭は手形の対価であり、手形の実質価値以上の対価を受領することにより受ける経済上の利益は、あくまで売買契約に基づくものであつて、これをもつてさらに消費貸借の要物性の要件を満たすものということはできない。従つて本件手形割引については割引の都度当該手形金額の金員を貸付けたものとする旨の特約のあることは原判決認定のとおりであるけれども、成立要件を充足し得ないこと右の通りである以上消費貸借は成立しないものといわなければならない。

原判決は、本件手形割引が金融の便益を与えるためになされたものであるから、消費貸借の成立をも認める合理的理由があるとされる。経済上の概念である金融の目的を達するための法律上の手段は、単に消費貸借に限られないのであつて、このほか例えば、買戻条件付売買、再売買予約付売買、請負代金前渡等によつてもその目的を達し得るのであるが、売買の目的物が手形である場合においては、手形が実質的価値を有しないことが明確になつたとき、即ち不渡となつたときは割引依頼人は法律上当然償還義務を負うのであり、さらに本件手形取引の如く一定の条件のもとに買戻請求権の発生する場合においては、手形の実質的価値を顧慮することなく割引依頼人の信用に基いて売買することは経済上も何ら支障はなく、これにより金融の目的を達し得るのであつて、さらに消費貸借の必要を認める余地は存しないのである。

以上本件手形割引には消費貸借の成立を認めることができないのであるから、これを肯定して本件相殺の自働債権の存在を認めた原判決には、手形割引契約の解釈並びに民法第五八七条の解釈、適用を誤まつた違法があるといわなければならない。

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